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鹿児島地方裁判所 昭和55年(ワ)558号 判決

原告 鹿児島県高等学校教職員組合 ほか二名

被告 鹿児島県 ほか一名

代理人 辻井治 松江長次 江口行雄 浜屋和宏 ほか五名

主文

一  被告名瀬市は原告鹿児島県高等学校教職員組合に対し金五万円及びこれに対する昭和55年11月30日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告鹿児島県高等学校教職員組合に生じた費用の一〇分の一と被告名瀬市に生じた費用を同被告の負担とし、被告鹿児島県に生じた費用を原告らの負担とし、その余は各自の負担とする。

四  この判決は一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  主文一項同旨

2  被告らは各自原告鹿児島県高等学校教職員組合に対し金二四万円及びこれに対する昭和55年11月30日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告鹿児島県は原告鹿児島県高等学校教職員組合に対し金八一万一〇五〇円及びこれに対する昭和55年11月30日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

4  被告鹿児島県は原告平田信義、同相良毅に対しそれぞれ金五万円及び右各金員に対する昭和55年11月30日より各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は被告らの負担とする。

6  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告らの地位

原告鹿児島県高等学校教職員組合(以下「原告組合」という。)は、昭和54年11月に主として名瀬市及び鹿児島県大島郡の各地において音楽舞踊団カチユーシヤによるミユージカル「ああ野麦峠」の公演(以下「本件公演」という。)を計画し、これを主催したものであり、その余の原告らは、いずれも右公演実施の準備及び公演の運営の任にあたる組織として右公演が実施される各当該地区の被告組合の分会員らで構成された実行委員会の一員である。

2  学校施設及び公民館使用不許可処分

原告らは、前記ミユージカル公演会場として使用する目的で、別紙施設利用許可申請等一覧表記載のとおり、鹿児島県立大島高等学校体育館外六箇所の被告鹿児島県立高等学校の施設(以下「本件学校施設」という。)及び被告名瀬市の施設である名瀬市中央公民館(以下「本件公民館」という。)の使用許可申請をしたが、同一覧表掲記のとおり右各申請に対し不許可処分がなされた。

3  学校施設使用不許可処分の違法性

(一) 憲法二一条違反

本件公演は、純粋なミユージカル演劇であつて、日頃かかるミユージカル演劇に接する機会のない離島の住民に対し、芸術性の高い文化活動を観賞する機会を提供する目的で原告らが計画し、実施したものであり、原告らにとつて憲法二一条によつて保障された優れて文化的、芸術的な表現活動であり、またそのための集会である。したがつて、集会、言論等のための使用が予定される公的施設においては、憲法二一条によつて保障された表現活動及び集会のための使用は最大限尊重されなければならないところ、後記(二)のとおり本件学校施設は住民による学校教育以外の目的の使用も予定しているとみるべきであり、本件公演は公共の安全に対し明白かつさし迫つた危険を及ぼすおそれのあるものとは到底言えないのであるから、本件公演開催を阻止しようとしてなされた本件学校施設の使用不許可処分は、憲法二一条に違反した違法なものである。

(二) 地方自治法二四四条二、三項違反

本件学校施設は、地方自治法二三八条三項にいう「行政財産」にあたり、同法二三八条の四の四項は「行政財産は、その用途又は目的を妨げない限度においてその使用を許可することができる。」と規定し、行政財産のいわゆる目的外使用をその本来的用途を害しない限度で一般的に容認している。しかも、同法二四四条は、住民の公共施設利用一般に関する総則的規定と解すべきものであり、公共施設の目的外使用に対しても、「正当な理由がない限り、……利用することを拒んではならない」(同条二項)とともに「不当な差別的取扱いをしてはならない」(同条三項)のである。

戦前、国民学校令三一条は、学校施設の目的外使用を原則的に禁止していたのを、戦後、学校教育法八五条は、「学校教育上支障のない限り……学校施設を社会教育その他公共のために、利用させることができる。」と規定した。右規定の趣旨は、右沿革及び社会教育法四四条一項が学校施設を社会教育のための利用に供すべき責務を、スポーツ振興法一三条が学校スポーツ施設を一般のスポーツのための利用に供すべき責務をそれぞれ管理権者に課していることからみて、学校施設の学校教育の実施を阻害しない目的、態様による住民の一般的利用を積極的に容認し、広く住民一般の福利、厚生に資すべき目的、方法の利用を、本来的用途に準ずるいわば副次的な利用方法として予定しているものと解せられる。したがつて、右のように法が予定している利用について、それが学校教育の目的に反するような特段の事情、或いは学校教育の実施及び学校施設の管理を具体的に阻害すると認められる事由がないのにこれを拒否することは、地方自治法二四四条二項の「正当な理由がない」違法な処分である。

ところで、本件公演の実施は、離島住民に対し、芸術性の高い文化活動を観賞する機会を提供することを目的としたものであるから、仮に社会教育法二条の「組織的」との要件を欠くとしても実質的に学校教育法八五条にいう社会教育に該当するものであり、少なくとも右規定にいう「公共のため」の活動であることは明らかである。

そして本件公演実施が原告らの主任制反対運動と係わつているのは、その資金が原告組合の主任制反対運動としての主任手当拠出運動により原告組合に拠出された主任手当から捻出されたという限りにおいてであつて、本件公演の実施は、原告組合の行つてきた教育環境整備運動の一環としての純粋な文化活動であり、原告らが本件公演開催に際して、その資金の出所及び主任手当拠出の趣旨を説明ないし説明しようとしたのは、単なる事実の陳述に過ぎず、主任制反対を観衆である住民に訴え、その賛同、協力を得ようといつたものではないのであるから、主任制の賛否をめぐる住民らの混乱、騒動が生ずる虞れはなく、政治性のある行為でも学校教育の公正中立を害するものでもない。

以上のとおり、本件公演実施のための学校施設の利用には、何ら正当な拒否事由がないにもかかわらず文部省及び鹿児島県教育委員会(以下「県教委」という。)の教育行政に対する批判につながるとの理由からなされた本件学校施設の使用不許可処分は、地方自治法二四四条二、三項に違反するものである。

(三) 鹿児島県立学校管理規則八条違反

鹿児島県立学校管理規制(昭和31年10月15日教育委員会規則第12号、以下「管理規則」という。)八条は、学校施設の利用に関し、

「次の各号の一に該当し、又は該当するおそれがある場合においては、校長は、施設、設備の利用の許可を与えてはならない。

(1) 学校教育上支障があるとき。

(2) 公安を害し風俗をみだし、その他公共の福祉に反するとき。

(3) もつぱら私的営利を目的とするとき。

(4) 施設、設備を損傷する等、その管理上支障があるとき。

(5) その他校長において支障があると認めるとき。」

と規定している。同条(5)号は、前記地方自治法二四四条、二三八条の四の四項及び学校教育法八五条の法意に照らし、校長に広範な裁量を与える趣旨ではなく、(1)号から(4)号に準ずる程度の具体的事由がある場合に限り、校長は使用不許可とすべき旨を定めたものと解すべきである。

しかし、本件公演の実施には、右規定の(1)ないし(5)号に該当する事由が存しないにもかかわらずなされた本件学校施設の使用不許可処分は、右規定に違反するものである。

(四) 処分権濫用

仮に管理規則八条違反が直ちに法令違反と評価し得ないとしても、同条は、学校教育法八五条に定めた管理者の裁量の限界を自己規制した規定と解される。したがつて、右規定に定める事由が存在しないにかかわらずなされた本件学校施設の使用不許可処分は、裁量の限界を逸脱したものとして処分権濫用の違法があるというべきである。

4  公民館使用不許可処分の違法性

(一) 憲法二一条違反

本来、住民の集会の用に供すべき本件公民館の使用不許可処分は、前記3(一)と同一の理由により憲法二一条に違反するものである。

(二) 地方自治法二四四条二、三項、名瀬市公民館設置及び管理条例七条違反

公民館は、「市町村その他一定区域内の住民のために、実際生活に即する教育、学術及び文化に関する各種の事業を行い、もつて住民の教養の向上、健康の増進、情操の純化を図り、生活文化の振興、社会福祉の増進に寄与することを目的とする。」(社会教育法二〇条)ものであり、その具体的な事業としては、「体育、レクリエーシヨン等に関する集会を開催すること。その施設を住民の集会その他の公共的利用に供すること。」等が定められている(同法二二条五号、七号)。しかも、条例で公民館の設置及び管理に関する事項を定めなければならないと定める同法二四条に基づいて制定された名瀬市公民館設置及び管理条例(以下「管理条例」という。)は、七条において、住民の公民館使用を許可してはならない場合として、

(1) 公民館の目的及び運営方針に反するもの

(2) もつぱら営利を目的とするもの

(3) 管理上支障があると認めるもの

との三つの事由を定めている。

本件公演の実施は、公民館の目的とする事業に該当し、かつその使用を拒否できる右三事由のいずれにも該当する事由が存しないにもかかわらず、主任制反対運動に係わるとしてなされた本件公民館使用不許可処分は、管理条例七条及び地方自治法二四四条二項、三項に違反するものである。

(三) 処分権の濫用

仮に前記公民館使用不許可処分が、直ちに右管理条例七条違反と認められないとしても、右規定の趣旨に著しく反することのない本件公演実施のための使用許可申請を不許可とした本件処分は処分権の濫用である。

5  被告らの責任

(一) 被告鹿児島県について

前記鹿児島県立大島高等学校外六校の各校長は、いずれも学校管理者として、学校教育目的外の学校施設利用についての許否の権限を委ねられていたところ、本件公演実施には学校施設利用を拒否すべき具体的、客観的事情がないことを知りながら、もしくはその点について何ら検討することなく、漫然と本件学校施設使用不許可処分をなしたものである。

よつて被告鹿児島県は、国家賠償法一条一項に基づき、右各校長の右違法行為により原告らが蒙つた損害を賠償する責任がある。

(二) 被告名瀬市について

名瀬市中央公民館長は、本件公民館管理者として、同公民館使用の許否の権限を委ねられていたところ、使用拒否すべき具体的、客観的事由がないことを知りながら、もしくはその点について何ら検討することなく、漫然と違法な本件公民館使用不許可処分をなしたものである。

よつて被告名瀬市は、国家賠償法一条一項に基づき、右公民館長の右違法行為により原告らが蒙つた損害を賠償する責任がある。

6  損害

原告らは、本件各不許可処分により次の損害を受けた。

(一) 財産的損害

(1) 大島高校、本件公民館関係 金二四万円

大島高校体育館及び本件公民館の使用不許可処分により、原告組合は、名瀬市郊外の名瀬市総合体育館で公演を実施せざるを得なかつた。

このため、原告組合は奄美交通株式会社より観客送迎用のバスをチヤーターし、同社に対して代金二四万円を支払つた。

(2) 大島北高校関係 金七万六五五〇円

大島北高校体育館の使用不許可処分により、原告組合は野外である赤木名カトリツク教会広場で、仮設舞台を作つて公演を実施せざるを得なかつた。

このため、原告組合は、仮設舞台作りを中村誠寿に、電気工事を中村電気商会に、会場借用を赤木名カトリツク教会にそれぞれ依頼し、代金として、中村誠寿に対し金五万一五五〇円、中村電気商会に対し金一万円、赤木名カトリツク教会に対し金一万五〇〇〇円をそれぞれ支払つた。

(3) 喜界高校関係 金一〇万四五〇〇円

喜界高校体育館の使用が不許可となつたため、原告組合は野外である野間ビアガーデン広場で、仮設舞台を作つて公演を実施しなければならなかつた。このため、原告組合は「ビアガーデンエアポート民宿野間」に対して会場使用と仮設舞台作りを、清水電気商会に対して臨時灯設置をそれぞれ依頼し、「ビアガーデンエアポート民宿野間」に対して会場使用料として金二万円、仮設舞台製作料として金七万円を支払い、清水電気商会に対して金一万四五〇〇円を支払つた。

(4) 徳之島高校関係 金一五万一五〇〇円

徳之島高校体育館の使用が不許可となつたため、原告組合は野外である亀津中央児童公園で、仮設舞台を作つて公演を実施しなければならなくなつた。このため、原告組合は有限会社中央設備社に対して仮設舞台作り及び電気仮設を依頼し、同社に対して代金一五万一五〇〇円を支払つた。

(5) 徳之島農業高等学校関係 金七万九〇〇〇円

徳之島農業高等学校体育館の使用が不許可となつたため、原告組合は野外である幸多学園広場に仮設舞台を作つて公演を実施しなければならなくなつた。

このため、原告組合は平山産業有限会社に対して仮設舞台作りを、ヨネヤマ電器に対して発電工事を依頼し、平山産業有限会社に対し金四万九〇〇〇円を、ヨネヤマ電器に対して金三万円をそれぞれ支払つた。

(6) 与論高校関係 金四万九五〇〇円

与論高校体育館の使用申請が不許可となつたため、原告組合は野外であるミナタ荘広場で、仮設舞台を作つて公演をしなければならなくなつた。

このため、原告組合は大原建設に対して仮設舞台作りを依頼し、その代金として金四万九五〇〇円を支払つた。

(二) 慰謝料

(1) 原告組合

前記損害のほかに、原告組合による大島高校、大島北高校、喜界高校、徳之島高校、徳之島農業高校、与論高校の各体育館及び古仁屋高校運動場の使用申請を各学校長が不許可としたことにより、原告組合は次のような損害を受けた。第一に、野外で仮設舞台を作つて公演しなければならなくなり、または遠隔地での公演を余儀なくされ(大島高校の場合)、劣悪な条件下で公演を実施しなければならなくなつた。各体育館等で公演を実施することができていたならば、公演はより一層成功していたはずである。第二に、右各不許可処分により、公演直前まで会場確保に奔走しなければならなかつた。このため、公演の宣伝活動等に重大な支障が生じた。第三に、右各不許可処分により、原告組合があたかも学校施設の使用させることが不適当な団体であるかのような印象を一般に与え、名誉、信用を著しく傷つけられた。右損害を金銭に評価すると、それぞれの不許可処分につき、金五万円を下らない(合計金三五万円)。

本件公民館の使用不許可処分により、原告組合は前記同様の損害を受けた。これを金銭的に評価すると金五万円を下らない。

(2) 原告平田、同相良

同原告らは、カチユーシヤ公演の名瀬市実行委員会及び大島北高校実行委員会の責任者として、大島高校、大島北高校における公演の成功に心を砕いていたところ、大島高校及び大島北高校体育館の使用が不許可となつたため、大きな打撃を受け、原告組合本部や同大島支部等と対策のため連絡をとり、また会議をくり返し重ねる等の対応策に奔走することを余儀なくされたばかりではなく、公演が実施できるか否かについて、更に、会場を確保した後も、果して劣悪な条件下で公演が成功するか否かについて心配しなければならなかつた。その間精神的労苦は多大なものであつた。右損害を金銭に評価するとそれぞれについて金五万円を下らない。

7  よつて原告組合は被告両名に対し各自財産的損害金二四万円、被告鹿児島県に対し財産的損害金四六万一〇五〇円及び慰謝料金三五万円、合計八一万一〇五〇円、被告名瀬市に対し慰謝料金五万円並びに右各金員に対する訴状送達の日である昭和55年11月30日から右各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、原告平田信義、同相良毅は被告鹿児島県に対し各金五万円及び右各金員に対する訴状送達の日の翌日である昭和55年11月30日から右各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、別紙施設利用許可申請等一覧表1イの申請日と不許可日、同2の利用予定日と不許可処分をしたこと、同7の申請日と利用予定日の点は否認し、その余は認める。右一覧表1イの申請日と不許可日はいずれも昭和55年9月12日、同2の利用予定日は同年11月4日、同7の申請日は同年9月13日、利用予定日は同年11月18日である。なお、名瀬市中央公民館長が右一覧表2の不許可処分をしなかつたのは、後述のように同年10月29日許可申請が撤回されたことによる。

3(一)  同3(一)については争う。

(二)  同(二)前段の地方自治法二四四条等についての見解は争う。学校施設は、もともと学校教育の目的に供されるべきもので、法令に基づくか、管理者又は学校長の同意を得た場合にのみ例外的に使用が許されるにとどまる。学校長等が同意を与えるか否かは、当該学校長等の裁量に委ねられているものである。

同中段の事実中、本件公演実施の資金が原告組合の主任制反対運動としての主任手当拠出運動により原告組合に拠出された主任手当から支出されたことは認めるが、その余の事実は否認する。原告組合が、主任制反対闘争として取り組んできた活動には、県教委等に対する座り込みやストライキ等直接的な闘争、主任の民主的選出、一年交替制の確立等主任の選出等をめぐる反対闘争、主任手当拠出による反対闘争、拠出金による寄附闘争があり、右のうち直接的な闘争を除き現在でも不可分一体的なものとしてこれらが継続されており、それらによつて学校教育の現場ないし教育行政等にもたらされた混乱及び行政運営上の種々の阻害は、本件学校施設の使用許可申請時においても将来においても継続される様相を呈している。本件公演実施は、主観的にも客観的にも他の闘争行為と不可分一体をなしている点からもまたそれ自体としても、主任制の実質的空洞化を目指し、かつ主任制に対する原告らの主張、立場の教育、宣伝を行うことを本旨とするものである。かかる原告らの闘争行為に学校施設の利用を認めることは、原告らの企図と行動を是認し、これを助長する結果となると言わなければならない。

(三)  同(三)については争う。

(四)  同(四)は争う。右(二)の事情を総合して判断された本件学校施設使用不許可処分は相当であり、これを違法と評価すべき理由はない。

4  同4(一)ないし(三)については、いずれも争う。

5(一)  同5(一)の事実は否認する。

(二)  同(二)の事実は否認する。

6(一)  同6(一)の事実は否認する。

(二)  同(二)の事実は不知。

三  被告名瀬市の主張

原告組合から代理権を授与された訴外大津幸夫は、昭和54年11月1日、名瀬市中央公民館長泉豊光に対し本件公民館の使用許可申請を撤回する旨の意思表示をした。

四  被告名瀬市の主張事実に対する認否

同主張事実は否認する。

第三証拠 <略>

理由

一  請求の原因1の事実及び同2の事実中の別紙施設利用許可申請等一覧表1イの申請日と不許可日、同2の利用予定日と不許可処分がなされたこと、同7の申請日と利用予定日の点を除く事実については当事者間に争いがない。

二  本件学校施設の目的外使用について

1  法律関係

学校施設の確保に関する政令(昭和24年政令34号)三条一項は、学校施設が学校教育の目的以外の目的に使用することを原則として禁止し、法令に基づいて使用する場合及び管理者又は学校長(以下「管理者等」という。)の同意を得て使用する場合にのみ例外を認めている。そして管理者等が右同意を与えるには、他の法令の規定に従わなければならないと定められている(同条二項)ところ、本件学校施設は、学校教育の用に供される地方自治法にいう行政財産であり、同法二三八条の四の四項は「行政財産は、その用途又は目的を妨げない限度においてその使用を許可することができる。」と規定し、学校教育法は、八五条において、右規定の趣旨を学校について言い換えた趣旨の「学校教育上支障のない限り、……学校の施設を社会教育その他公共のために、利用させることができる。」との定めをしており、学校施設の目的外使用の許否については、管理者である教育委員会の裁量の範囲が広く認められていると解せられる。原告らが公の施設利用関係の総則的規定であると主張する地方自治法二四四条二項は、「正当な理由がない限り、住民が公の施設を利用することを拒んではならない。」と定めているが、同条にいう「公の施設」とは、財産的管理の見地から把えた物的設備を指すのではなく、物的及び人的な総合体としての施設をいうのであるから、使用許可を原則とする右規定は、本件学校施設の目的外使用には直ちに適用されないと解するのが相当である。

そして、公立学校施設の目的外使用許可の基準等については、地方教育行政の組織及び運営に関する法律三三条一項に基づき、各地方公共団体ごとにそれぞれその裁量により教育委員会規則で定めている。県教委の定める管理規則は、八条において、右目的外使用許可を与えてはならない事由として、前記学校教育法八五条と同旨の「学校教育上支障があるとき。」((1)号)等の外「その他校長において支障があると認めるとき。」((5)号)と定めている。前記学校教育法八五条の「学校教育上支障がない」とは単に物理的に支障がない場合のみではなく、学校教育の場であるということから、教育的配慮による精神的な支障もないことを言い、管理規則八条はさらに広い不許可事由を定めていると解するのが相当である。

2  本件公演実施による学校教育上の支障

ところで、<証拠略>によれば、次の事実が認められる。

県教委が昭和51年1月27日、いわゆる主任制実施の方針を表明したことに端を発し、右制度に反対する原告組合及び鹿児島県教職員組合と県教委との間に激しい対立が生じ、右両組合により鹿児島県教育庁内等で連日、大人数による座り込みやデモが行われたり、ストライキが計画されたりする混乱が続き、社会の耳目を聳たせていたが、同年4月主任制度は実施されるに至つた。翌昭和52年3月には主任手当支給をめぐつて再び右両組合による座り込みやストライキが行われ、右給与条例成立後は、引き続き主任の職員会議における選出、一年交替制の確立、主任中心の学校運営の排除を目標とする活動の外、主任手当支給対象者に対し主任手当を両組合に拠出するように働きかけて、その旨の誓約書を提出させる主任手当拠出闘争に積極的に取組んだ結果、鹿児島県立高校の主任手当受給者のうち原告組合に拠出したのは、昭和53年度は七三・六%、昭和54年度は七五・五%に達したが、主任手当受給者である原告組合員の中にも拠出闘争から脱落した者がいる反面、非組合員にも右拠出に応じた者もおり、昭和54年度の原告組合の具体的闘争目標の一つとして主任制を空洞化させるために主任手当の完全拠出の実現に組織を挙げて積極的な説得活動をすること及び累積した拠出金を公立高校の体育教材の購入及び不足する学校施設の改善の資金として寄附すること及び右拠出金により本件公演を実施することを掲げている。本件公演の宣伝用パンフレツトにも「主催者のごあいさつ」の標題の下に「主任手当は、ごく一部の先生にしか支給されず、学校の仕事をみんなで公平に分担し合い協力し合つている先生がたにとつては非常に不公平な手当であり、先生がたの和が乱れるもとになります。ほとんど大部分の先生がたがこの主任手当に反対し、主任手当は、支給されても受けとらず、教育を向上させるための資金になるよう寄附されています。」と記載され、この資金を役立てるため本件公演を計画したとの趣旨の記載があり、本件公演の際の主催者である原告組合の挨拶においても同旨のことが述べられている。なお、名瀬市総合体育館における公演用のパンフレツトの前記挨拶欄は同施設管理者の請求により墨で消されたうえで配付された。他に以上の事実認定を左右するに足る証拠はない。

3  以上の事実によれば、主任制問題は、県教委或いは校長と原告組合との間の対立抗争の原因の一つに留まらず、各教職員にとつてそれぞれの立場において現在及び将来におけるかなり深刻な問題であり、本件公演実施も原告らの主任制反対運動としての一面を持つことは否定できず、右会場として本件学校施設の使用を許可することは、主任制問題にさらに一石を投じ、校長らと原告組合との間のみならず教職員間の対立、緊張を昂め、学校教育にマイナスの影響を与えかねない結果となる虞れがあつたものと認められ、右認定に反する<証拠略>は前記認定事実に照し容易に措信できず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

4  したがつて原告らの本件学校施設使用申請に対する各校長の不許可処分は、いずれも地方自治法二四四条二、三項はもとより、学校教育法八五条、管理規則八条にも違反せず、また裁量の範囲を超えた処分権濫用に該当するとも認められない。

さらに、本件学校施設は住民の集会等のための使用を本来の使用目的とするものではなく、右のとおりその使用拒否が適法と認められるのであるから、右使用拒否により原告らの集会の自由、表現の自由を侵害したものとは言えない。

5  よつて、原告らの被告鹿児島県に対する本訴請求は、その余の争点につき判断をするまでもなく理由がない。

三  本件公民館使用を許可しなかつた行為の違法性

1  本件公民館は、地方自治法二四四条にいう「公の施設」であるから、被告名瀬市は、正当な理由がない限り、住民がこれを利用することを拒んではならないものである。公民館の事業の一つには「その施設を住民の集会その他の公共的利用に供すること。」(社会教育法二二条七号)がある。被告名瀬市が地方自治法二四四条の二の一項により本件公民館の設置及び管理につき定めた管理条例七条には、公民館の使用を許可しない事由を「(1)公民館の目的及び運営方針に反するもの、(2)もつぱら営利を目的とするもの、(3)管理上支障があると認めるもの」の三つに限定している。したがつて、原告組合主催の本件公演会場としての使用は、本件公民館の設置目的に合し、その行う事業に該当するものと認められ、かつ右不許可事由に該当する事実を認めるに足る証拠はない。

2  ところで、<証拠略>によれば、次の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

音楽舞踊団カチユーシヤは、昭和54年10月5日付で本件公演会場として使用する目的で本件公民館使用許可申請書を同公民館長に提出し、一旦は許可されたが、その後許可取消しの通知を受けた。その当時、原告組合の書記長であつた西哲也外二名は、同月25日、同公民館長を訪ね、右許可取消しの理由を質したが、明確な回答は得られなかつた。さらに同月29日、当時原告組合の副委員長であつた藤木孝四郎外三名は、再度右公民館長に面接し、本件公民館の使用許可を交渉したが、同館長は、本件公演は主任制反対運動の一環である限り使用を許可できないけれども、純然たる文化公演とするならば、使用許可できる旨の見解を変えず、交渉は物別れに終つた。そこで右藤木らは、同日、使用許可申請書及び右許可の要求と同時に不許可の場合は同月30日までに文書で具体的理由を回答するように求めた要求書を作成し、直ちに本件公民館に提出した。右藤木らは、同月30日右回答を聞きに同公民館長に面会を申入れたが、同公民館長が留守のため全く回答を得られず、右交渉経過から見ても許可の見込みがないと判断し、本件公演の日程編成の最終期限も到来していたので、原告組合は、同公民館の使用を断念した。一方、右公民館長は、同月30日、本件公演の支援団体の一つである奄美地区労働協議会の事務局長大津幸夫に原告組合との問題解決のための仲介を依頼し、同人と話し合つた結果まとまつた公演を純粋の文化事業とし、主催者も同協議会とするとの妥協案につき、原告組合の同意が得られるかどうか右大津から交渉して貰うこととなり、同年11月1日、右大津が原告組合の責任者に問い合わせたところ、原告組合は、既に本件公民館の使用を断念して最終的に日程の編成を終つており、その旨の回答を得たので、同公民館長は原告組合は前記申請を撤回したものとして処理した。

右事実によれば、右公民館長は、なる程明確な使用不許可処分はしていないが、純粋な文化事業としない限り使用を許可する意思はなく、原告組合の回答を要求していた期限及び日程編成の最終期限を経過するまで許否を決定しなかつたため、原告組合は本件公民館の使用を断念したものと認められる。してみると、主任制反対運動の一環であるとの理由から右公民館長の使用許可をしなかつたこと自体が地方自治法二四四条二項にいう正当な理由なくして公の施設の利用を認めなかつたものであつて、原告組合もかかる不作為の違法をも主張しているものと解せられ、右行為は、憲法二一条に規定する集会の自由を侵害した違法な行為であつたと言わなければならない。

四  被告名瀬市の責任

前示認定した事実によれば、名瀬市中央公民館長は、公民館の管理運営を所管する公務員として当然に要求される判断を誤り、違法な行為に及んだ点において、少なくとも過失があつたといわざるを得ない。

よつて、被告名瀬市は国家賠償法一条一項に基づき、本件公民館長の職務上の右違法行為により原告組合に与えた損害を賠償する責任がある。

五  損害

1  財産的損害

<証拠略>によれば、原告組合は、本件公民館の使用許可を得られなかつたので、名瀬市内ではあるが、同市の中心部より数キロメートル離れている名瀬市立総合体育館において本件公演を行うことになつたため、観客の送迎用の無料バスを運行し、その費用として二四万円を支出したことが認められるが、原告組合は、右のバス運行に際し、右体育館へは定期バスの運行もなされていたにも拘わらず、その運行経路や運行時間を調べることもなく、観客の便宜と多数の観客を集めるため、開演、終演の時間に合わせて各方向へのバスを運行したものであることが認められ、果して右バスを運行する必要性があつたのか、必要性があつたとしてもどの程度必要であつたのか、更に無料とする必要性、相当性があつたのかの諸点につき疑問があり、他に右の必要性、相当性を認めるに足る証拠はない。

してみると、右無料バスの運行は、本件公民館の使用を許可しなかつた名瀬市中央公民館長の行為との間に相当因果関係があるとは認められないから、右費用は、被告名瀬市の賠償すべき損害とはならない、

2  <証拠略>によれば、原告組合は、本件公民館の使用許可が得られなかつたので、同地では雨の多い時期ではあるが、野外ででも本件公演を実施せざるを得ないと覚悟したうえで、本件公民館に比し交通の便の悪い名瀬市立総合体育館の使用を交渉した結果、期日直前の昭和54年11月5日頃、主任制反対運動の一環と受け取られるチラシの挨拶欄を黒く塗消し、主催者が原告組合であることを表面に出さない条件で使用許可を得、ようやく実施にこぎつけたもので、原告組合の集会の自由、表現の自由が侵害され、その名誉、信用が損なわれたものと認められ、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。右事実によれば、原告組合の受けた右損害を償うには少なくとも五万円を要すると認めるのが相当である。

したがつて、原告組合の被告名瀬市に対する本件慰謝料請求は理由がある。

六  結論

前記説示のとおり、原告らの本訴請求中、原告組合の被告名瀬市に対する慰謝料請求は理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 猪瀬俊雄 太田幸夫 櫻井良一)

施設利用許可申請等一覧表

許可申請者

同被申請者

申請日

(月日)

利用予定日

不許可日

1

大島高校体育館

原告組合大島支部カチユーシヤ実行委員責任者

奥屋悦仁・平田信義・小湊貞紀

鹿児島県立

大島高等学校長

9・13

11・11

9・13

原告組合執行委員長 上山和人

鹿児島県立

大島高等学校長

岩元豊一

10・25

11・11

10・25

2

名瀬市中央公民館

原告組合執行委員長 上山和人

名瀬市

中央公民館長

10・29

11・14

10・29

3

大島北高校体育館

原告組合大島北高分会責任者 相良毅

鹿児島県立

大島北高等学校長

9・12

11・12

9・12

原告組合執行委員長 上山和人

鹿児島県立

大島北高等学校長 田上勝雄

10・26

11・12

10・26

4

古仁屋高校運動場

同右

鹿児島県立

古仁屋高等学校長 帆北元治

11・1

11・13

11・1

5

喜界高校体育館

同右

鹿児島県立

喜界高等学校長 東園敏

11・1

11・9

11・1

6

徳之島高校体育館

同右

鹿児島県立

徳之島高等学校長 奥田博三

10・27

11・14

10・27

7

徳之島農業高校体育館

同右

鹿児島県立

徳之島農業高等学校長

10・27

11・16

10・27

8

与論高校体育館

同右

鹿児島県立

与論高等学校長 九万田哲哉

10・31

11・19

10・31

(月日はいずれも昭和54年内である)

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